ゴールドマン・サックス証券のゼネラルパートナーという立場を株式公開数ヶ月前に放棄し、マネックス証券を創立した松本大(まつもと おおき)さん。創業わずか1年という短い期間で5万講座の顧客を獲得。今年の3月期の
経常損益で26億円の黒字をだし、夏には日興ビーンズ証券との経営統合によるさらなる事業展開を図る。世界で期待される若手経営者25人の一人として「フォーチュン」誌に選ばれ、現在「ダボス会議」のメンバーも務める。 金融業界の第一線で働くとともに日本経済にさまざまな提言をする松本さんに、ご自身の体験を通して見る金融業界の魅力と業務を語っていただき、理系学生へのメッセージをいただいた。
マネックス証券起業の経緯
1994年にゴールドマンサックスのパートナーという立場で史上最年少のゼネラルパートナー(共同経営者)に選ばれるものの、上場を目前にして退社。「ゴールドマンサックスと起業のどちらを諦めるか……新しい道がうまくいく保証なんて全くなかったわけですから、起業を諦める理由はいくらでもありました」。ゴールドマン・サックスにそのまま残れば数億円と言われる額を手にしていたのだが、松本大さんは起業を選んだ。「正直かなり悩みました。利益だけで考えていても決まらないと思ったので、今後変動していく新しい道を選ぶことにしました。どっちでもいいんだったら残る方を選んでもつまらないでしょう?」。周りの反応は概して「信じられない」といった風だったが、「そういう考え方もある」と納得してくれる人もいた。
そういった状況下、友人の紹介でたまたまソニーの出井伸之社長(=当時)と会って話す機会に恵まれる。そして、この出会いがきっかけでソニーは松本さんが起業する時共同出資を申し出ることとなる。この時期に二人が出会ったのは偶然の為す業だろう。しかし、出井さんは松本大という人間に成功する必然の相を見たのかもしれない。
金融業界について
そんな経緯を経て、現在松本さんがCEOを務めるマネックス証券株式会社の‘MONEX’という名称は、‘MONEY’の‘Y’を一歩進めて‘MONEX’にしたもの。そこには、顧客一人ひとりのニーズをさらに「一歩進めた」金融サービスを提供するという意思が込められている。「それまで企業や大資本家寄りに提供されてきた金融サービスを、インターネットだったら個人向けに事業を展開できると思ったんです。過去において自動車や電話の発明が社会を大きく変えたように、インターネットにも今後の社会を大きく変えうる魅力がありました」。でも、それには、1999年10月1日の手数料が自由化される日に会社があることが必須だった。
「自分はキャピタルマーケットに育ててもらったという意識があります。一種の恩義のようなものを感じていたんです。受けた恩は返すべきでしょう? 僕は個人個人に金融サービスを提供することで、社会に還元しようと思ったんです。金融は難しいというイメージがあるかもしれませんが、お金は国境に関係なく合理的に動くものですから、マーケットの仕組みにはみなの意向や動向が顕著に現れる。そこから社会の仕組みが見えることもあるんです。だからこそ皆さんに知ってもらいたいと」
経済をよくするという視点から数々の提案もする。たとえば、マーケットは流動性が大切だが、現在の株の仕組みはお金のやり取りがしやすいとは決していえない。たとえば、株の配当利潤を受け取るにも郵便為替で送られるのを待って、郵便局にハンコを持っていかなければならないのだ。「興行元が元金の25%近く手数料を取る競馬や50%近くの手数料を取る宝くじがあれほど人気なのですから、株式のシステムが簡易化されれば、手数料と税金が低い分マーケットは広がるでしょう」。