
転機が訪れたのは35歳の年。宇宙開発事業団(現・宇宙航空研究開発機構)が宇宙飛行士の募集を始めたことを知る。「その時、初めて宇宙飛行士になれる可能性があると認識しました」。まさに青天の霹靂だった。子供のころ夢だと思っていた宇宙飛行士という職業が、現実になり得る仕事だなんて――。自分が宇宙飛行士に応募できる、その事実だけでたまらなくうれしくなり、応募を決意した。「宇宙飛行士になってやろう」という気負いや期待は、さらさらなかった。
「宇宙飛行士には優秀な人が応募してくるだろうから、自分が合格する確率は低いと思っていました」。そんな読みはいい意味で裏切られ、毛利氏は見事に合格した。「最終的には、自分の持っているセンス、実験のスキルが評価されたのでしょう。特に『実験では失敗をしない』という自信がありました。というのは、たとえ失敗しても、外から見たら、成功したように見せられるから。ただ失敗して終わるんじゃなくて、失敗の中からも、別の価値観から成功を見出す。そんな実験結果の見せ方は、大学時代から得意だったんです」。宇宙開発にはものすごい予算が使われている。宇宙での実験に失敗は許されない。そんな状況だけに、「失敗しない」実験スタイルが評価されたのではないかと分析する。
毛利氏は1992年、スペースシャトル「エンデバー」でついに宇宙へ飛び出す。宇宙に出た毛利氏にとって最も印象的だったのは宇宙の“黒さ”。「宇宙が黒いのを『光が戻ってこないから黒いんだ』って感じた宇宙飛行士は、私くらいでしょうね。考えてみたら当たり前の話で、光というのは地球では至る所で飛んでいる粒子です。粒子が目に入ると明るいと感じる。ですから、地球で見える色というのは、太陽や電球を直接見るケースを除いては、ほとんど反射した光なんですよね。青い空も、空気に光が反射して青く見える。宇宙では、いったん太陽から出てきた光というのは、どこにぶつかるでもなく、永遠のかなたまで行ってしまう。宇宙は、だから黒いんです」。