2004年夏、日本の家電製品の牽引役である三菱電機から、収納保存しているあいだに野菜類のビタミンが増える機能を持たせた冷蔵庫が発表された。そして2005年、この機能にポリフェノールが増える機能を付加して発表。これまで冷蔵機能一辺倒だった冷蔵庫に、いままでにない機能性が付け加えられはじめている。
より強力な冷蔵機能だけに傾倒していたこれまでの冷蔵庫

戦後の高度成長期には三種の神器にも数えられた冷蔵庫だが、いまやほぼ例外なく全家庭に普及し、テレビと同じく“あるのが当然”の家電製品となった。各家電メーカーは毎年モデルチェンジをくり返して新しい機能を宣伝するが、それらは基本的に冷蔵能力の効率化や各保冷庫のレイアウト変更などに主眼がおかれていた。現在のコンピュータの開発競争が鈍化傾向にあるのと同じような、微妙な“改良”のくり返しだったのだ。
そうした中、04年に三菱電機から発表された『うまさV倍増』冷蔵庫は画期的な商品だったといえる。コンセプトは、野菜室に保存した野菜にLEDの光を当てることで、野菜そのものが持つビタミンの量を増加させてしまうというもの。いかに食品の鮮度を保つかという従来の発想から、食品の栄養素を増やしてしまおうという発想への転換である。それがさらに発展して、05年に発表された『うまさW倍増』冷蔵庫では、野菜のポリフェノール含有量を保存中に増加させる機能も付加された。
この新製品開発の音頭をとってきたのが、三菱電機静岡製作所で冷蔵庫の新製品企画開発を担当する平岡利枝氏。85年の男女雇用均等法施行後、静岡製作所の製造現場で初めて採用された女性エンジニアだった。
消費者の声がヒントになった

「総合職では、わたし以前にも何人も女性職員が採用されていましたから、会社もどんな仕事を期待したらいいかわかっていたんです。でも、製造現場では女性を受け入れた実績がなかったから、わたしが就職した当時の上司のみなさんは、だいぶ戸惑っていたようでした」
平沼氏は、就職当時をそう振り返る。東京女子大学文理学部数理学科を卒業し、同窓生の多くは金融系やコンピュータ、システムエンジニアの道へ。しかしそれらの職種に皮膚感覚で漫然とした冷たさを感じていた平沼氏は、家電製品という身近な商品を開発販売していた三菱電機を就職先に選んだ。当初は組織上部で開発方針の決定した商品の設計を手がけていたが、就職から10年ほどたってプランニングを手がけるようになる。平岡氏自身の女性的な視点も効果的に働き、これまでに冷凍保存した食品が包丁で簡単に切れる『切れちゃう冷凍』冷蔵庫などの新製品も世に放ってきた。おのずと、自社製品のユーザーからの声も届く。
「野菜室を冷蔵庫の一番下から上段へと移動させてから、野菜をよく食べるようになって、美味しく感じるようになった、というお客様のお話を聞くようになったんです」
折りからの健康に対する意識の高まりもあり、自然と画一的な冷蔵庫に新しい機能を付加できないものかという方向に意識がむかった。
「健康思考による情報やサプリメント、冷蔵庫の野菜室への注目などは高いわけですから、健康のために薬を飲むくらいなら、実際に食べる野菜から栄養を摂るのがいちばんだろうと考えたんです。そこで冷蔵庫で栄養を増やすことができないものかと研究所に投げ掛けたところ、光合成をさせれば野菜の栄養素を増やすことができるという返事が返ってきたんです」コロンブスの卵は身近なところに転がっていた。
『うまさV倍増』冷蔵庫の開発のキモになった野菜の栄養素を増やすために用いたLEDは、野菜を栽培する現場ですでに実用化されていた物が基になっている。そこで光合成に有効な紫外線の波長を絞り込み、最終的に590nmの紫外線を照射するLEDを野菜室に搭載した『V倍増』を発表。画期的新製品としてのインパクトを消費者に与え、翌年には、ポリフェノールの生成に作用する380nmの波長のLEDも搭載する『W倍増』を市場に投入した。最初こそ懐疑的な消費者もいたが、いまでは広く受け入れられている。さらに、この流れにつづく06年夏の新製品の発表にも、注目が集まっている。
自分の求める物を生み出せる仕事
「いまの学生さんたちは、わたしたちが学生だった当時よりも進路選択について悩み苦しんでいるように思うんです」と平岡氏は言う。
「なかなかやりたい仕事ができないからという理由で会社を辞めてしまったり、就職することをためらってフリーターになったり。でも、本当にやりたいことや仕事のおもしろさが、外にいてわかるはずないですよね」
かく言う平岡氏自身も、職場ではなかなか思うようにならない時間を長く過ごしてきた。会社にとって役に立てる自分なりのポジションを明らかにしたいという思いがバネになり、自分の得意な分野に仕事内容を誘導してこられたという自覚がある。
「そんなわたしでも、就職のきっかけは、実家から通える場所であったり、暖かみを感じるといった程度の、目的意識以前の簡単なものだったんです。男女雇用均等法成立後、最初に採用された女性エンジニアである、という気負いもありませんでした」
いまの職場の魅力も、過剰な期待を抱かずに社会に飛び込んだ中で見つかったものだ。
「物づくりというのは、ともしたら自分の欲しいものが作れるという恵まれた立場なんです。自分がなにか新しいものを生み出したいと思ったら、会社のお金とパワーを使って思うままに実現できる可能性のある、楽しいところです。それが物づくりの醍醐味だとも思います」
コロンブスの卵は、意外と身近に転がっているのだ。