ブログ、ソーシャルネットワーキングサービス(SNS)、動画投稿、Wiki――。Web2.0世代のサービスが台頭し、技術の重要性を再認識する動きがIT企業で顕在化しつつある。
インターネット総合サービス企業のサイバーエージェントも、そのうちの1社だ。同社のビジョンは「21世紀を代表する会社を創る」こと。実現のためには、国内にとどまらず世界に誇れるサービスを創り出せる力を身に付けていかなくてはならない――。そんな考えから、同社は技術職の採用に力を入れてきたが、Web2.0の台頭により、今年は「日本発、世界に通用するサービス」を共に創るエンジニアを迎えたいという思いをより強くしているという。
Web2.0によってインターネット業界とそこで働くITエンジニアを取り巻く環境は、どのように変わりつつあるのか。また、ベンチャーで働く魅力とは何か。インターネット業界の黎明期から、一線で活躍を続けている同社代表取締役社長の藤田晋氏に話を聞いた。
「すごい会社に入るより、すごい会社を創りたい」
起業家として今や指折りの有名人である藤田氏。だが藤田氏が学生のころ、起業家や青年実業家といった仕事に対してはアウトローなイメージが付きまとい、世間からは冷ややかな視線が向けられていた。藤田氏にとっても、起業家という生き方は決してかっこいいと感じられるものではなかったという。
そんな藤田氏が起業家への評価を改め、将来の仕事として志すようになったきっかけは、一冊の本との出会いだった。同書の名は『ビジョナリー・カンパニー』。世界を代表する大企業18社の設立されてから現在に至るまでを徹底的に調査し、共通する事柄は何なのか、解明しようとする一冊だ。「『ビジョナリー・カンパニー』を読んで、誰もがあこがれる大企業に入るよりも、創る方がすごいと考えるようになったんです。今でも当時の気持ちは変わっておらず、サイバーエージェントを21世紀を代表する会社に成長させたいという思いを持ち続けています」
大学時代の藤田氏は、入学後しばらくはバイトや仲間との交流に明け暮れた。「大学で講義を受けていても、バイト先の居酒屋で働いていても、将来の実になる気がしなかったんです。そんな時に小規模な広告代理店でアルバイトを、今で言うインターンシップを始めました」。仕事は厳しく、真夏の炎天下、スーツ姿で1日に100社以上へ訪問したこともあったとか。同じ時期に始めた仲間の多くは、あまりの重労働に耐え切れず、途中で挫折してしまった。だが藤田氏はアルバイトの体験が将来につながるという実感を得て、やり通した。当時を振り返り、「ベンチャーでしたから、会社の仕組みや経営の仕方など、多くのことを学べました」と語る。
ベンチャーでの経験を積んだことで、藤田氏の中では「大企業で働く自分」をイメージできなくなったという。「就職活動を通じて、大企業で働く先輩社員と会う機会がありましたが、バイト先で働いていた先輩ほどには、活躍しているようにも、生き生きと働いているようにも見えなかったのです。ベンチャーでの仕事は大変そうでしたが、その分、やりがいは感じられるんだなと考えるようになっていました。自分の人生で一度しかない20代は、無駄にしたくない。後悔したくない。一生懸命働きたい。そう考え、自分はベンチャーに就職しようと決めたわけです」。藤田氏はその後、当時まだベンチャーの域を抜け出せていなかった人材サービス会社のインテリジェンスに入社。始発で出社し、定刻の始業時間には営業に出かけ、夜は終電、土日も当然出社というほど仕事に没頭し、その結果、入社1年目で5000万円の営業利益を叩き出した。
濃密な時間を過ごし、わずかな期間で著しい成果を残したためか、転機も早くに訪れた。知人から共に起業しないかと誘われたのだ。紆余曲折あり、仲間との起業はあきらめることとなったが、インテリジェンスからの出資を受け、サイバーエージェントを立ち上げる。インターネットを事業の領域として選んだのは、将来化けるのではないかという可能性を感じたため。資金も経験も持っている企業がインターネットの業界に飛び込むのをためらっている間に、リスクを負ってでもいち早く挑戦しようと考えたのだ。
藤田氏の挑戦は成功した。サイバーエージェントの初年度売上高は2000万円。翌年には4億5000万円を超え、設立から2年、わずか26歳にして史上最年少で東証マザーズ上場という偉業を成し遂げることになる。