松島氏は現在、東京大学大学院で俯瞰工学の教授として、学生と日々を過ごしている。理系の大学教授というと、博士課程、研究助手、准教授、教授と、アカデミックな世界のみでキャリアを形成していくのが日本では一般的。だがそんな中で、松島氏は、ビジネスの世界の第一線で活躍した後大学教授になるという異色の経歴の持ち主だ。

大学卒業後、ジェットエンジンのエンジニアへ


学生時代、精密機械の生産技術を研究していたという松島氏。大学院卒業後はものづくりの道へ進もうと決意し、「どうせなら一番難しい技術領域へ」という想いのもと、戦闘機のジェットエンジンを手がけるメーカーに就職した。当時最先端のテクノロジーがふんだんに盛り込まれていた分野だけに、仕事自体に対する満足度は決して低くなかったが、1年ほど経つと次第に、自らの将来に対しある種の「閉塞感」を感じることが多くなったという。 「工場に10年・20年勤め続けてきた人に、自分の将来像をうまく重ね合わせることができなかった。たぶん自分にはこの仕事を一生続けることはできないだろうと強く思ったんです」 最初の職場で感じた「閉塞感」をそう説明する松島氏だが、このような閉塞的状況に対するいささか過敏ともいえる反応の良さは、その後のキャリアにおいては「変化を恐れない」というポジティブな精神へとつながっていった。


ドイツへの留学


ジェットエンジンの生産技術職を退職後は、再び大学に戻り、工学の博士号を取得。そのまま助手として大学院に残り、生産システムの知能化の研究に従事する。  西ドイツ・フンボルト財団の奨学研究員に選ばれたのは、この頃だった。CAD/CAMの研究のためベルリン工大へ留学した松島氏は、当時を「もうドクターも持っていたし、ぶらぶらしていただけ」とうそぶきながら振り返るが、少なくともドイツ留学が日本の経済・社会を深く理解するきっかけとなったことだけは、間違いないようだ。 「月に行かないと地球全体が見えないのと同じように、日本を離れないと日本を俯瞰することはできません。向こうにいると、見るもの・聞くもの・食べるもの、すべて日本と比較してしまいますからね。それが日本を知ることにつながりました」 松島氏がドイツから日本を眺めたとき、気付いたのは日本がいかに非効率な社会かということだった。 「たとえばGDP。日本は国全体でのGDPは世界でも有数なのに、一人当たりのGDPは決して高くない。つまり日本のGDPが高いというのは、ある特定の企業の生産性が高いだけのことなんです。一方ドイツ人はほとんど残業をしないのに、一人当たりのGDPは日本以上。日本の産業界にはまだまだ無駄が多いし、非効率だと痛感しましたね」
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